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2021.06.15

〈エッセイ〉小崎信夫「僕が緑川流域に通う理由 」

緑川流域は、熊本県の美里町・御船町・甲佐町・山都町からなるエリア。急峻な岩間をすり抜けるように美しい緑川が流れ、平坦地が少ない山間部だからこそ作り出されるユニークなロケーションが広がっています。キャンプ場が多く点在する人気のエリアで、今、利用客が年々増加。なぜこのエリアが人を惹きつけているのか? この地に長年通い続けるアウトドアマン・小崎さんに、緑川流域の魅力を聞きました。


自然ゆたかな緑川流域はエネルギーチャージできる場所

内大臣川、御船川、加勢川、ほかにも多くの支流が本流に流れ込む緑川水系。本流は山都町の上流から美里町まで深い谷間を流れて、やがて有明海へ。上流域はダムや石橋が多いのが特徴で、地形を活かした自然豊かなキャンプ場も多く点在する。個性の異なるそれぞれの施設は県内外から集まる多くのキャンパーに愛されている。大きな声では言えないが、実は僕の場合はキャンプの目的が釣りや山歩きだったので、数年前までキャンプ場を利用することがほとんどなかった。

北海道を旅した時は熊が怖かったのでさすがに山の中にテントを張る勇気は無かったが、九州で1人、2人の少人数なら、何もない山の中や誰も知らない河原で、川の音を聴き、星を眺め、ひっそりと野宿する方が性に合ってる。渓谷の河原なら翌朝はテントから7〜8フィートのロッドを伸ばして、川の中心部に届く距離がいい。夜中に雨が降って川の増水の心配さえなければ。

半球の美しい岩盤の表面を滝が流れる穴場の絶景スポット

緑川本流の水源地は緑仙峡。実際に水が湧いている場所は、そこから谷川沿いに遡った宮崎県との県境近く。一度だけ、ベテランの釣り師と源流ヤマメの姿を追って人の手が入っていない道なき道を進み、沢沿いに随分上ったことがある。ロッドをたたんで岩壁をよじ登る。足を滑らすとたちまち谷底へ滑り落ちてしまう急斜面。目印にしていた水脈が地中に消えても、数十メートル、数百メートル進むと再び水量豊かな滝やプールが現れる。この日、前を歩いた同行者はニホンカモシカの姿を見たと教えてくれたが、自分の目で見てない僕にとってはにわかに信じがたい話だった。

 

ランディングネットいっぱいのサイズの尺ヤマメ

緑川水系の自然に引き寄せられるように通い始めたのは中型バイクの免許を取った頃だった。谷底を流れる内大臣川沿いに、ガードレールもほとんどない未舗装の林道をひた走り、国見岳の登山道入り口を目指した。登山道を上がり、付近の地面がクマ笹に覆われてくると山頂が近い証だった。林道の途中に一箇所だけ道路と川の高さが並ぶ地点に、「広河原」と呼ばれ、登山者たちが利用するテントスペースがあった。ここで僕もよく野宿をしたものだ。野生の動物の鳴き声を聴きながら焚き火をした。

冬は雪が深い場所で、テントは20〜30cmほど雪に埋もれる。春は、テントの脇を鳴きながら駆け抜ける野生鹿の蹄の音で起こされた。日帰りでも必ずここでエンジンを止め、川の水でお湯を沸かしコーヒーを淹れた場所。熊本地震によって林道の途中で崖の崩壊が数カ所あり、林道入口には全面通行止めの看板が今も撤去されず残ったままだ。

フライフィッシングは、30歳になった息子との共通の趣味。子どもの頃からよくキャンプに連れて行ったが、今も釣りだけは当たり前のように一緒に出かけている。新しいフライ(毛針)を巻いたら、良き相棒と身近な緑川の支流で試すのだ。川の流れの中心部の白く泡立ったポイントにそっとフライを落として魚の反応をみる。息をとめ、全神経を集中させる緊張の瞬間。バシャッという音と同時に白い腹を見せたヤマメが水中から飛び上がったら誰もがやめられなくなる。

甲佐町の津志田河川自然公園キャンプ場(通称「乙女河原」)。広大な敷地の中でも特に人気なのが写真の林の中。

自分のアウトドアライフを楽しめる場所は、わざわざ遠くに出かけなくても身近な場所にある方がいい。もし移動時間を削れるならば、限りある時間を遊びの方に使いたい。遊びを優先したい時はカップ麺で十分だし、泊まりの準備も手ばやく設営できるテントの方がいい。近場に飽きたら、行動範囲を広げればいい。逆に近場でも時間がない時は、釣りの場合なら早朝か日没前の短時間勝負。目的がなければ読みかけの本と折りたたみのイスだけ持って、お気に入りの場所で過ごせればいい。もちろん美味しいコーヒーがあれば最高。

四季折々の景色、風の運ぶ匂い、渓流の音、野鳥の鳴き声。自然の懐に身をゆだねる時は子どものように無垢な心になる。毎日の暮らしで消耗した自身のバッテリーを満タンにチャージするために。(テキスト:小崎信夫)

「県内に限らず各地のフィールドへ出かけますが、結局一番利用しているのは、思い立った時に行ける緑川流域なんです」

 

筆者プロフィール

小崎信夫・こざきのぶお

昭和37年熊本県宇城市生まれ。国鉄、デザイン事務所勤務後、地元出版社に入社しタウン情報誌『タンクマ』の編集長を務める。現在は、料理好きが高じて松橋町でカレー屋『こもく商店』を運営している。